3月11日の大震災の爪痕は今も痛々しく残っています。6月21日宮城県亘理郡坂元町、山元町を訪れる機会がありました。海に向かって眺めると海岸線まで一面にがれきが散乱し見るも無惨な光景が広がります。常磐線の線路が途中で途切れレールも流されてしまった線路跡が続きます。津波に襲われた常磐線山元駅の通路だけの惨状が目に入ります。かろうじて残った付近の家は傾き津波に削られた部分が空洞になり屋根だけがしっかりと残っている家もあります。しかし人は住んでいません。殆どのいえが流されて見渡す限り焼の原のようです。津波約三ヶ月後の今も残る惨状2へ   画像をクリックすると拡大表示されます。

途切れたレール

山元駅の残骸

壊れた家と押し出された家具類

新築間もないような家の惨状

大きな屋敷も哀れ

無惨な家と生き残った樹

2階部分は辛うじて残る

地震に耐えた瓦屋根の下は無惨

消えてしまったお寺

一階の惨状と二階

ひん曲がるひさし

自動車がブロック塀に引っかかる

立派な屋根の下が痛々しい

屋根を残し辛うじて建つお寺

海岸の樹林は残り家哀れ

がんばるケヤキ芽吹く

辛うじて残った工場

集められたがれき

柱が支える

素晴らしい町二宮